中世の情報管理と現代に残る痕跡たち「情報爆発」アン・ブレア

「我々は、あたかもこれが何か全く新しいことであるかのように、自分たちは情報化時代に生きていると言う」

けれどもそれは違う、とアン・ブレアは主張する。

「今日の方法の多くは、何世紀も前にさかのぼる思考の型や実践に由来しているのである」

本書は「レファレンス書」の歴史について書いている。

レファレンス書、というのは本書の用語では、

「「レファレンス書」を、私は、通読するよりも参照することを目的としてつくられた、大部の文書情報集成物を意味するものとして用いている。」

となっている。

こういった書物の歴史、編纂方法、編纂技術の変化について論じたのが本書ということになる。

 読書ノートとその管理

まず、ノート作成があった。昔から人は記憶の補助として読書ノートをつけていた。最初は消去可能な板に書いていたので後には残らなかったけれども、のちに紙が流通して、その問題は解決した。

そしてノートは書くことの補助としても使われていた。つまり、本の内容を抜き書きして、自分で何か書くときに言い回しの参考にしたりする。

このノートが膨大になるにつれて、ノートの管理法が生まれてきた。見出しとか、かわったものだと「ノート・クロゼット」っていうのもあった。(118)

ノート・クロゼットはノート作成を共同作業にすることを可能にした。(128)

エラスムスのノート術

また召使に文筆の手伝いをさせることもあった。エラスムスは専門の役職を雇って、作業に当たらせてもいた。こうしてできたノートは、遺贈されたり、売却されたりすることもあった。つまり、本人のためのノートが、他人の役にも立つ可能性が認識された。著者はこうした伝統から、さまざまな共同プロジェクトによって、レファレンス書が誕生したとしている。

 

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印刷術の衝撃 

そして「印刷術のおかげで、レファレンス書は大部になり、広域に流通し保存されて今日まで残るものになった」

印刷術の発明は15世紀半ば。エラスムスは1466年生まれだから、印刷初期の執筆風景をうかがい知ることができる。

 

 

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上記の過程のなかで、今では当たり前のアルファベット順の索引や、題扉(だいひ)、概念をわかりやすく整列した樹形図なんかが発達してきた。

 雑学など

また、本書は大量に含まれた雑学も見どころの一つ。

例えば、大部の本を編集する編纂者の「英雄的手段」について、「トマス・プラッターは、…眠気に負けずより長時間勉強できるようにと、生の蕪や砂をかみ冷水を飲んでいたと述懐した」

だったり、

「冷水の盥に両足を入れておく、片目だけで読んでもう片方の目は休ませる」

など、本当かどうかわからないことも書かれている。(257ページ)

 古典に学ぶ

身につまされるのは、本の読み方について。多読は身につかないというか、

編纂書が流通することによって、「編纂物に頼ることで読者たちが原典を無視し、それによって本文上の誤りや、抜粋により導入されたより深刻な誤解のために、誤った方向に導かれる」という現代の学生への批判みたいなことを、13世紀のドミニコ会士、ヴァンサン・ド・ボーヴェがすでにおこなっていたりしてたらしい(310ページ)ことや、

先述したエラスムスが、「格言集」で「ゆっくり急げ」という格言の注釈に、

「こうした新しい本の大群から逃げられる場所が地上にあるのだろうか?たとえこうした本が、一冊ずつ見分すれば知る価値のあることを提供しているにせよ、なにしろあまりに多いのでうんざりしてしまって、学問の重大な妨げになるであろう。なぜなら、よいものにとって食傷ほど有害なものはないからであり、あるいはまた、人の心は、簡単に満腹して目新しいものを渇望するものなので、こうした新しい本に気を散らされて、古典古代の著者たちの書物を読まなくなるからである」

とかいているらしい。また朱子は

「読む量は少なくし、しかし、読んだものはよく理解するようにしなさい。本文を何度も何度も追体験しなさい。多くを読もうとしてはならないーとくに飛ばし読みはやめなさいー今の人々がだらしない読み方をするのは、印刷された本が多すぎるからだ」

と書き、ルターも

「たくさん読む必要などまったくないし、むしろいいものを読み、それを少しだけであっても繰り返し読むほうがいい」

と「ドイツのキリスト者貴族にあてて」で書いている。この辺りの習慣は、自覚的に変えていきたいところではある。

 

 

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