「私の恋人」「塔と重力」上田岳弘

感想

「私の恋人」「塔と重力」は、いずれも他者との交流がメインテーマ(の一つ)になっています。「太陽・惑星」にはじまる近景(・中景)と遠景を自在に行き来する著者の手法はここでも用いられており、身近なテーマが人類史的なテーマと接合され、スケールの大きさを生み出しています。

「私の恋人」

本作ではまず生まれ変わりの概念が導入される。つまり、「私」はまずクロマニョン人であり、つぎにハインリヒ・ケプラーである、そして井上由祐であるという。そして、3度目の人生の30のなかばにして、井上は現実の女性との恋愛、キャロライン・ホプキンスとの恋愛を行おうと決意する。

キャロラインは、高橋陽平から、「行き止まりの人類の旅」の二週目をまかされている。高橋がいうには、一週目は人類が惑星全体をおおい、二週目で世界の運用ルール(イデオロギー)を定める争いがおこり、三週目では人類の内的世界を舞台に、あらたな領土の取り合いが起こっている。

井上の三度の生に対応するように、人類の歴史が重ね合わされる。高橋のいう三週目の旅の終わりでは、「彼ら」、おそらくは人工知能が誕生し、人類の制御を離れることが予感される。しかし、そうはならないかもしれない。人工知能とのあいだでコミュニケーションが成就し、物質に意識を宿らせることに成功した人類は、その前提要素の探求を行うようになるかもしれない。

こうしたことをすべて予想していたクロマニョン人である「一人目の私」において、想像上の人物として、またハインリヒ・ケプラーが独房の中で思い続けていた女性として、「私の恋人」が存在する。

「塔と重力」

本書には表題作と2つの短編が収録されている。2つの短編は、著者の過去作品「太陽・惑星」と設定か概念が共通しているみたいなので、そちらを先に読んでおいた方がいいと思う。

僕は美希子を愛してはいなかったし、これまでに他の誰かを真剣に愛したこともない

(9)

「塔と重力」についていえば、阪神大震災で美希子という、深い関係になりそうだった女性を亡くした主人公の田辺が、SNSで再会した水上から「美希子アサイン」、「変則的な合コン」をすすめられる、というのが前半部分。田辺は倒壊したホテルの下敷きになって以来、そのフラッシュバックに悩まされるようになっており、過去の外傷にどう対処すべきか、というのがテーマの一つになる。

それから田辺が現在付き合っている女性である葵や、現実世界ではとある状態にあり、ただフェイスブックの「いいね」を通じて他者と繋がる「エリック・ボーデン」などの主題から、「つながり方」の問題がひびいてくる。(80)

水上は実存主義小説を思わせる吐き気をもよおし、田辺の目からは「無意味に涙が」零れ落ちる。それらは人間がすべきなのにしていないこと、吐くべきなのに吐かず、泣くべきなのに泣いていない人間の涙や吐き気を調整する弁のようなものではないか(107~110)と、葵はいう。

より高い塔の建築は思考密度に比例して可能になる。(122)現代のSNS時代の個人たる「小窓」は、みな「美しい塔を高く聳えさせる」ことをのぞみ、そのためならなんでもしていいと思っている。塔が高くなるにつれ、価値は反転する。

これはただの傾向だ。愛と破壊衝動の役割は反転する。その後にも、慣性にのっとって愛の形を維持しようと努めた結果だな。

(112)

これに抵抗する力として「重力」がある。

本編の最後でおこる展開によって、田辺の涙は止まる。(148)何かを選ぶこと、「重力」によって。

涙が止まり、しばらくの間、誰かが代わりに泣いている。

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