民法と民族からみた所有権:「「所有権」の誕生」 加藤 雅信

概要

本書は、所有権の発生を人類学的見地、法的見地から考察した本といえます。

所有権について、マルクスは「経済学・哲学草稿」で

疎外され外化された労働によって、労働者は、労働とは疎遠な、労働の外部に身を置く人間と労働の関係を生み出す。労働者と労働との関係が資本家(あるいは労働の主人)と労働との関係を生み出すのだ。こうして、労働者を自然と自己から切り離すような、疎外された労働の産物ないし結果ないし必然的帰結として、私有財産が登場する

(第一草稿・光文社古典新訳文庫版:位置no.1057)

と説いていますが、これは疎外論から私有財産制度の誕生を説いたもので、一つの哲学的論説といえます。

では、民法学者が所有権の誕生を思考した場合、どうなるでしょうか。本書はその試みです。

1章

1章では世界中の所有の形態を概観します。西洋ではなく、遊牧民やアメリカ先住民などの記述が主です。

2章

1章の概観をふまえて、権利の具体的な発生局面が考えられます。いくつかの理念型を設定し、それを対比していく形で論述がすすみます。

経済的にみると、所有権は、投下資本を保護することにより、産業を保護する点に機能があります。この点、定住社会では資本投下を保護する必要があり、そのために所有権ないしそれに類似の概念が必要になりそうです。これにたいして遊牧社会では土地に対して資本投下は行われないかわりに、家畜にたいする権利が保護される必要があります。また狩猟社会では土地への権利の保護も動物への権利の保護も必要とされない、といったことになりそうです。

3章

本書で一番面白かったのがこの3章です。入会権の法的性質が考察されます。

土地の生産力に応じて権利の3つのタイプが生じる、とされます。①土地の生産力がたかければ、所有権の対象となり、②それほど高くないが無価値というほどではない場合には入会権が、そして③利用用途がまったくなければ無主物としての、遊牧などの世界となるとされます。

ここで著者が注目するのが②です。入会権とは民法をひいても、

(共有の性質を有する入会権)
第二百六十三条 共有の性質を有する入会権については、各地方の慣習に従うほか、この節の規定を適用する。
などのように、慣習にしたがう、とされている不思議な権利です。(もっとも地役権の規定が準用されるなど、規定自体はあります)
試験にもほとんど出ませんし、おそらく民法の権利のうちもっともなじみの薄いものだと思います。
(この規定のすくなさは、民法制定当時に入会制度を十分調査する時間がなかったため、という理由があるそうです。初めて知りました。(110p))
これを著者は、入会権とは伝統的な村落共同体という、いわば”公法人”の維持のために共同所有という外形をまとわせたものだと指摘します。(141)
その経済的機能としては、共同体外部の利用を排除し、内部メンバーの利用も一定程度に制限することで、土地の利用自体を一定規模に制限する、ということがあげられます。(146)

4、5章

4章では知的財産権をはじめとする無体財産権がみられます。5章では本書のまとめがなされ、経済合理性から法律が生ずる、と結論されます。

感想

本書の1章は議論が広がりすぎている印象がありましたが、個々のトピックに入ってからは面白くなります。(2,3章が面白かったです)

以下、本書を読んで考えたことを少しかきます。

そもそも、権利の捉え方には権利利益説と権利意思説という考え方があります。

かんたんにいえば、権利利益説とは、権利を法によって保護される利益であると捉える立場であり、権利意思説の立場は、権利を、他人の行為を支配する個人の意思の力であるととらえます。もっとも、両者の折衷的な立場も有力です。

本書では経済合理性の立場から国が保護を与えることで、経済を発展させるという考え方がみられます。権利の発生という通時的な局面をあつかっているので、すでに発生した権利の分析である上述の理論は直接には妥当しませんが、権利の発生論は、権利の本質論ともかかわるテーマだと思います。そのいみで、本書は自分の権利観を、見直すきっかけになる書籍でした。

 

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